2011年12月31日土曜日

2011年でした!!!




こんにちは、ロシア人です。

1年を振り返るなんていうのはあまり好きじゃないのですが、昨年がもうズッタズタにやられてもうそこらじゅう複雑骨折であぁこれは回復することはないだろう、やはり26歳で私は死ぬのだなどと思っていたので奇跡の生還!!みたいな感動的なそれではないけれどなんというかものすごい余生感のなか生きてきて生きています。なんやかんやあたし、まだ生きとる生きてしまっとるみたいな。というか、「奇跡の生還!!」と打ったら「奇跡の性感!!」と変換したMyパソコンはほんとよくわかってるなと思います。





クリスマスにはお店でイベントをやりました。
アコースティックギターの弾き語り、ライブペインティング、オイルパステル画展、オーラソーマ。
こういったナマモノの一日を若者どもが集まって作りだすというのは久しぶりで、いたく興奮した数日間でした。
出会わせてくれた人や時間や空間に感謝。またみんなで何かやりたいっすね。やりましょうね。
お店としても私としてもこういうのはどんどんやっていきたいし、何かとっかかりのようなものにしてもらえたらと思っているのです。






私の根本を引っこ抜かれて火をつけられてもうその根は私の身を離れているはずなのに痛む。引っこ抜かれた痛みをその穴ぼこに感じるだけではなくその根の裂ける衝撃までまともに感じ悶える。そんな1年の後に過ごした1年はここに在る私を他者によって認識することで生きてこれた気がします。死なないようにでもなんでも。







私の唇にはいくつか黒子があってそれ結構嫌いなんやけど、それは食いっぱぐれないんやって。
本当に見捨てられることはないんやって。
放っておいてほしいって何度も思ってきた私はないものねだりをしていたのでしょう。

目の下の黒子は泣き黒子。
一生涙を流すのです。
いつだって敏感でいたいわ。心ふるわせていたいわ。

なんだかなんでもない日がなんでもない日に繋がっていくだけのような気がするのですが年越しなんですね。どっちだっていいです。今日を生きてうまくいけば明日も生きてゆくだけです。


あなたがたくさん幸せだと感じられることがたくさんありますように。

2012年もぽつぽつ更新します。よろぴこ。


2011年12月3日土曜日

小さい太陽はんに会いに行って来た。



こんにちは。
やだ。なんかひさしぶり。

ハットかぶったら2回もメンズに間違われたのですがやはりなんというか女性ホルモンというか色気というかそういうものが根本的に足りていないんだと思います。
秋は木々も無意味に紅葉するわけで私も色めきたかったのですが無念です。
下がる温度に託けて暖め合いたいです。あはん。







岡本太郎と信楽展に行ってきました。

私は岡本太郎が好きで、というか敏子さんとふたりで好きで。
夫婦とか芸術家とかそんなカテゴライズクソ食らえな感じが好きで。
危険なまでに自分と相手と向き合って生ききる感じが好きで。
作品が、というかもう作品をも含めたふたりの生き様が好きで。










真っ向で挑んでくるものには私も真っ向に向き合い挑みたい。
基本が受け身なので自分から挑んでいくのは下手なのですが。
居心地の良さや安心感などというものに昔から縁がなく、というかそういうことを感じる部分がたぶん欠落しているのでそもそも求めたこともないのだけれど、私は違和感とか不安感のほうが生命力を感じる。停滞はむしろ不安になり、何かをはじめるはじまるきっかけになる。こう熱いマグマのようなものがぐわぐわと腹から胸から沸いてくる感じ。
そういうものを沸き上がらせてくれるものや人といるとワクワクする。
私はワクワクしながら生きていたい。やっちゃえばいいのよ。




ワクワク。
もうすぐクリスマス。
うん、お店でもワクワクする人たちとワクワクする何かやろうと思っています。









徐々にクリスマス仕度。







この地で長年、喫茶店をやっているマスターからいただきました。

「こいつが似合う喫茶店がオープンしたらあげようと思っとったんやけどなかなかなくてなぁ。やっと見つかったわぁ」

うれしいお言葉。
倉庫から油をさされて出てきたあなた。
行き交う人々のあれやこれやを今度は私と一緒に眺めましょうね。




今度はそう月日を空けずに更新したいと思います。
長い一日を過ごしていても過ぎ去れば早い。
御機嫌よう。

2011年10月27日木曜日

女は髪が命というものね。







むふっ。髪型変えました。
ボルドーカラーに挑戦しようかと思っていたのですが、今は情念込めて伸ばし中なので傷まないようにリタッチだけにしておきました。
ハサミも入れず、ほんとパーマだけ。
イメージはベティちゃん。
真っ赤なグロスも似合うかしら。



叔父が美容師で母が器用という環境で育ったので美容院デビューが比較的遅く不快感や緊張感で苦手意識が強かったのですが、最近は飛び込み客で行くことが多いです。
そして美容院で過ごす数時間を楽しんでいます。
シャンプーはいいね、シャンプーは。
手仕事はやはりいいです。
シャンプーを機械化している美容院はもう二度と行くもんか。
怠慢です。あれはよくない。
ドライヤーで乾かしてもらうのも大好きです。
猫の気分です。



あと飛び込みで行くというのがいいのかもしれません。
前々から予約すると無駄に迷って思ってもいなかった髪型をオーダーしてしまったり、そもそも行くことそのものが面倒になって予定日の数日前から鬱になったりするので、「あっ今日美容院日和!」「あっこの髪型にする!絶対する!」という気分で行くのがいいのかもしれません。
美容院に電話をかけ「今日はいっぱいなんです」と言われても「あぁうんそうだよな。急だもんな」と思えるし、じゃあ別の美容院に行ってみるかと新たなお店探しにも繋がります。



私は誰かを誘うときもそうかもしれません。
前々からの約束は怖いです。
ドタキャンするのもされるのも怖いです。
そして「行きたい!」「会いたい!」というテンションを持続できるかしてもらえているかも不安です。
非常に面倒な女ですね。
今日、明日で誘うとそもそもがダメ元なので断られてもそりゃそうだと思えるので楽です。
あぁ、でも好きな人からのお誘いだと多少先でもその日までにもうちょいかわいくなろうと努力したり、手帳に書き込んだその日の予定ににやにやしたりできるから悪くないなぁ。

で、何の話でしたっけ。



とにかく髪型を変えると気分も変わる。
この髪型に変えてからすぐ心躍る出来事があったので、いたく気に入り、わくわくしています。

2011年10月8日土曜日

生まれた季節がまた巡ってきて。





こんにちは、10月。
気付けば1週間。
お店を始めてから、週単位で時間を捉えることが増えたのですが1カ月の間に1週間はほぼ4回しかないのですね。
速くて長い日々を過ごしております。


その間にひとつ大人になったりしていました。
えぇ、わかってます。
とっくの前からあたしは大人です。石投げないで。
受け止めてはいますがなんかこんなに生きちゃってるのにこんなですいませんみたいな気持ちです。







ただ、おめでとうと言ってもらえるのは照れながらもうれしく、受動態で生まれてきた我が身だけれども生まれて来てくれてありがとう生きていてくれてありがとうなどと言われるといや生かされているんですよ卑しくもと思うのです。
そして同じように大切な人にあたしは同じ思いを抱くのです。ああこういうことなのだな、と。

たぶん人はその時その時に必要、というとなんだかすごく利己的だけれど、出会うべく人に出会っているのだと思います。
出会いは気付き。
気付きのセンサーは電源をオンにしていなければいけないし、その時の自分が、相手のセンサーが反応してくれる状態でなければ出会えません。
本や音楽や映画は一方的でいいけれども、対人間はそうはいかない。
呼応し合うことなどそうそうあるものじゃなくて、気恥かしいけれどそういうことを奇跡と呼ぶのかもしれません。
奇跡は光。縛っておくことができるものじゃない。失わないでいることもまた奇跡。





あたしは今、とてもシンプルで真っ直ぐな情熱を胸に生きています。
まいのまは、真っ直ぐのまだってお父さん言ってた。

幸せはなるものでもしてもらうものでもなくて感じるもの。
あたしは勝手に感じてやろうと思うのです。
どこかで誰かが泣いていると思えばその幸福感は途端にしぼむ、そういう類のものだけれど、それでも嗚呼ごめんなさい、あたしは幸せを感じてしまうのですと鳴くでしょう。
永遠に続くものではないとわかっているからこそ私は抱き締め、たしかにここにあることを確かめるのでしょう。
「弱虫は幸福をさえおそれるもの」だと太宰治は書いています。
あたしは本当に弱虫です。
勝手に感じてやろうだなんて乱暴に言っていますが本当は怖い。
失うときの事を考え怯えているのです。
たとえば、会える日をすごく心待ちにしていて指折り数えてああ明日会える会える、でも夜にはバイバイしてまた別々のお家に帰り、別々のおふとんで眠るのだな、哀しいなぁさみしいなぁという感覚。
だからと言って会わないのは愚かなことです。
だからと言って抱き締めないのは愚かなことです。
どこまでいっても誰といても孤独です。液体となって混ざり合ってしまいたいと願うことあっても別々の個体であることは変わらぬのです。だからこそです。

思っていたより生きてしまいましたがそれでも人生は短い。
あたしはその短き人生に夢を見る。
もう夢など見るかと思っていたのにね。お前のようなものがそんなものを見るからろくなことにならないのだと思っていたのにね。ごめんなさい。
あまりに素直にむくむくと沸き上がるこのこれはどうしようもないのです。
そして、あたしはまたそれにひたむきになってしまうのでしょう。真っ直ぐのま。
そういうものに逆らって押し込めて見ないふりして生きる空しさをあたしは知っていて、もう二度とそんなふうになりたくはなくて、むしろそういうものに生かされているのです。
そんな灯を持っているあたしは幸せよ。ありがとう。ありがとうね。

死なないようにでもなんでも今まで生きてきました。
これからも生きてゆきます。
どうしてもどうしても生きていてほしい人がこの世界にはいる。
明るい日と書いて、明日。
歩いてゆくよ。
抱き締めてゆくよ。

2011年9月14日水曜日

見上げれば月。照らされる明日。ぼんやり。

おひさしぶりです。
お店が開店して早2週間。


こっそりオープンしたわけですが、台風が見事に上陸したり、臨時休業しなければいけない状況(何人かの方がお店の前まで来てくれたみたいで・・・申し訳ありませんでした・・・)になったり順風満帆とはいきませんでした。
しかし、最初からうまくいきすぎるとむしろ怖くなってしまう、幸福に怯える性質の私にはこれくらいがちょうどよかったような気がします。


オープンに際し、たくさんお祝いをいただきました。ありがとうございます。
ほんの一部ですけど・・・
















ほんと、お店が花だらけになって嬉しい悲鳴!!

祖父が生前、ここで医師をしていたのですがその患者さんたちも訪ねてくれて、祖父の思い出話をしてくれ、顔の形や色白さがおじいちゃんによぉ似てるねと微笑んでくれたり、この建物が好きだったのだけどこんなふうに変わったのね、ここはあの当時のままね、素敵ね、とおっしゃっていただけたり、皆様に愛されていた祖父、病院だったことをとても強く実感しました。
だから私は、この場が愛される場であることを引き継がなくては、と思うのです。
難題ですが、私自身がこの場を自分で思っていた以上に愛していることに気づき始め、この場で生み出す生まれるさまざまな出来事を楽しみにしているのです。


どうぞ皆様、ひょんなことから始めた新参者の不束者ですがよろしくお願いします。




私にとってうれしい出来事。









親友の結婚披露パーティーに行ってきました。
半年以上前、彼女の一万日記念日に入籍していたふたりですが、調子に乗った、いえ、青い空と海をバックに純白のドレスで飛び跳ねるアロハーな挙式をふたりっきりでハワイで済ませ、山奥にあるブタを愛でながらウインナーを食べるあのファームにみんなを集めてパーティー。


中秋の名月に向かう夜空。
月の綺麗な夜に見た花嫁は、今まで見た花嫁で一番美しく、一番おめでとうを言いたい花嫁でした。

4歳からまいまいコンビと(彼女もまいなのです)まとめて呼ばれるほどいつも一緒にいた私たちだから、そんな彼女と恋愛の話をするだけでもどこか照れくさいのに、「結婚おめでとう」なんて言うのはますます気恥ずかしくて「結婚するねん」って聞いた時も私はなんか茶化したりおどけたりばかりしていた気がします。

だけど、彼女が好きな人と一緒にいるのを見るのは、彼がはじめてで、ふたりが一緒にいるのを見るのが私はとても好きで、そのふたりが一緒に生きていくことを決めたことが私はとてもうれしい。

自分の視線を受け止めてくれていた人がいなくなる哀しみを私たちは知っていて、希望がキボウになって、それでも彼女は彼に出会い、一緒にいられる奇跡。
その奇跡を心から祝福することができている私。
この世は捨てたもんじゃないと思えたりするのです。ありがとう。

シャイなふたりだけれど真摯だから、きっと口にする言葉、その2本の腕の使い方は愛のためでしょう。

ふたりが一緒に生きていく、それが絶対に世間一般の契りである必要はないのでしょう。
ただ、今、この日本で社会と契約して生きていくためには「結婚」という方法が有利であり便利です。
命を繋ぐことを考えるのならそれはもう圧倒的でしょう。

それがまた、彼女の夢でもあったのだから私は純粋にうれしく思うのです。
彼女が、彼女の好きな人が、ふたりを祝福する人たちが、愛や幸せを感じられることがたくさんありますように。

私はふたりの新居のすぐ近くで、彼にはコーヒーを、彼女にはりんごジュースを用意して待っています。




2011年8月19日金曜日

前世はきっと猫だから。




今日はこちらでは久しぶりの雨が降りました。
台風が去ってからというもの、暑い日が続いていました。
日焼け止めを塗り、日傘を差し、陰から陰へと跳ぶように移動していました。
日光浴ができない私は、存分に月光浴をしました。
本当に毎日、月が綺麗で、上ばかり見ていました。
ヨガの先生もムーンパワーにできるだけあやかった方がいいと言っていましたが、その効果は本当にあったように思えます。



夏休み。
まぁ私は人生の夏休みを終えようとしているところなんですけど、なんだかんだやっとります。


お店も、いろんな人を巻き込んでもうやるっきゃない状態です(笑)
夏にはカフェオーナーとか書いてありましたけどどうなってるんですか?
って、うん、わかってる。私が1番わかってる。









お店に置くようにおばあちゃんの家から集めてきた本を屋上で干しました。
炎天下での作業はあたしのいろんなものを奪っていくので、鬼の形相になっていたと思いますが、なかなかおもしろい光景を作れたので満足です。







お盆なのでみんな帰ってきました。
ちなみに95%B型。









叔父さんが私のために蟹を捌いてくれました。
蟹味噌のなかにほぐした身を入れて食べるのが好き。
この季節にこんな美味しい蟹が食べられるなんて知らなかった。







お店で出すメニューの試食もしてもらいました。
みんな毒舌なので緊張しましたが、自信につながる言葉をもらえたのでほっとしました。
「よくここまでもってきた」って。







悪友のこどもの成長に驚かされています。
ハイハイしていることに驚いていたら2週間後にはつかまり立ちしていました。
すごいなぁ。2週間あればできること変わることってたくさんあるんだなぁ。








「フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展」を見に豊田市美術館に行ってきました。
絵画展は久しぶりだったし、私はこういう時間が本当に好きだなぁと思いました。
豊田市美術館自体も初めて行ったのですが、なかなかおもしろくて結局4時間近く滞在してしまいました。
この、ずっとここにいたかのようなベンチ、好き。






この時期の果物ってなんでもおいしいよねー。






お墓参りにも行きました。
ここにはきっとトトロがいる。
私の妹は幼い頃、みんなにメイちゃんそっくりと言われていました。



今年の夏はなんだかとてもいいです。凪いでゆきます。
なんというか、いい意味でシンプルになってゆけるようななり始めているようなそんな感じです。






にゃあ。