2011年9月14日水曜日

見上げれば月。照らされる明日。ぼんやり。

おひさしぶりです。
お店が開店して早2週間。


こっそりオープンしたわけですが、台風が見事に上陸したり、臨時休業しなければいけない状況(何人かの方がお店の前まで来てくれたみたいで・・・申し訳ありませんでした・・・)になったり順風満帆とはいきませんでした。
しかし、最初からうまくいきすぎるとむしろ怖くなってしまう、幸福に怯える性質の私にはこれくらいがちょうどよかったような気がします。


オープンに際し、たくさんお祝いをいただきました。ありがとうございます。
ほんの一部ですけど・・・
















ほんと、お店が花だらけになって嬉しい悲鳴!!

祖父が生前、ここで医師をしていたのですがその患者さんたちも訪ねてくれて、祖父の思い出話をしてくれ、顔の形や色白さがおじいちゃんによぉ似てるねと微笑んでくれたり、この建物が好きだったのだけどこんなふうに変わったのね、ここはあの当時のままね、素敵ね、とおっしゃっていただけたり、皆様に愛されていた祖父、病院だったことをとても強く実感しました。
だから私は、この場が愛される場であることを引き継がなくては、と思うのです。
難題ですが、私自身がこの場を自分で思っていた以上に愛していることに気づき始め、この場で生み出す生まれるさまざまな出来事を楽しみにしているのです。


どうぞ皆様、ひょんなことから始めた新参者の不束者ですがよろしくお願いします。




私にとってうれしい出来事。









親友の結婚披露パーティーに行ってきました。
半年以上前、彼女の一万日記念日に入籍していたふたりですが、調子に乗った、いえ、青い空と海をバックに純白のドレスで飛び跳ねるアロハーな挙式をふたりっきりでハワイで済ませ、山奥にあるブタを愛でながらウインナーを食べるあのファームにみんなを集めてパーティー。


中秋の名月に向かう夜空。
月の綺麗な夜に見た花嫁は、今まで見た花嫁で一番美しく、一番おめでとうを言いたい花嫁でした。

4歳からまいまいコンビと(彼女もまいなのです)まとめて呼ばれるほどいつも一緒にいた私たちだから、そんな彼女と恋愛の話をするだけでもどこか照れくさいのに、「結婚おめでとう」なんて言うのはますます気恥ずかしくて「結婚するねん」って聞いた時も私はなんか茶化したりおどけたりばかりしていた気がします。

だけど、彼女が好きな人と一緒にいるのを見るのは、彼がはじめてで、ふたりが一緒にいるのを見るのが私はとても好きで、そのふたりが一緒に生きていくことを決めたことが私はとてもうれしい。

自分の視線を受け止めてくれていた人がいなくなる哀しみを私たちは知っていて、希望がキボウになって、それでも彼女は彼に出会い、一緒にいられる奇跡。
その奇跡を心から祝福することができている私。
この世は捨てたもんじゃないと思えたりするのです。ありがとう。

シャイなふたりだけれど真摯だから、きっと口にする言葉、その2本の腕の使い方は愛のためでしょう。

ふたりが一緒に生きていく、それが絶対に世間一般の契りである必要はないのでしょう。
ただ、今、この日本で社会と契約して生きていくためには「結婚」という方法が有利であり便利です。
命を繋ぐことを考えるのならそれはもう圧倒的でしょう。

それがまた、彼女の夢でもあったのだから私は純粋にうれしく思うのです。
彼女が、彼女の好きな人が、ふたりを祝福する人たちが、愛や幸せを感じられることがたくさんありますように。

私はふたりの新居のすぐ近くで、彼にはコーヒーを、彼女にはりんごジュースを用意して待っています。




2011年8月19日金曜日

前世はきっと猫だから。




今日はこちらでは久しぶりの雨が降りました。
台風が去ってからというもの、暑い日が続いていました。
日焼け止めを塗り、日傘を差し、陰から陰へと跳ぶように移動していました。
日光浴ができない私は、存分に月光浴をしました。
本当に毎日、月が綺麗で、上ばかり見ていました。
ヨガの先生もムーンパワーにできるだけあやかった方がいいと言っていましたが、その効果は本当にあったように思えます。



夏休み。
まぁ私は人生の夏休みを終えようとしているところなんですけど、なんだかんだやっとります。


お店も、いろんな人を巻き込んでもうやるっきゃない状態です(笑)
夏にはカフェオーナーとか書いてありましたけどどうなってるんですか?
って、うん、わかってる。私が1番わかってる。









お店に置くようにおばあちゃんの家から集めてきた本を屋上で干しました。
炎天下での作業はあたしのいろんなものを奪っていくので、鬼の形相になっていたと思いますが、なかなかおもしろい光景を作れたので満足です。







お盆なのでみんな帰ってきました。
ちなみに95%B型。









叔父さんが私のために蟹を捌いてくれました。
蟹味噌のなかにほぐした身を入れて食べるのが好き。
この季節にこんな美味しい蟹が食べられるなんて知らなかった。







お店で出すメニューの試食もしてもらいました。
みんな毒舌なので緊張しましたが、自信につながる言葉をもらえたのでほっとしました。
「よくここまでもってきた」って。







悪友のこどもの成長に驚かされています。
ハイハイしていることに驚いていたら2週間後にはつかまり立ちしていました。
すごいなぁ。2週間あればできること変わることってたくさんあるんだなぁ。








「フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展」を見に豊田市美術館に行ってきました。
絵画展は久しぶりだったし、私はこういう時間が本当に好きだなぁと思いました。
豊田市美術館自体も初めて行ったのですが、なかなかおもしろくて結局4時間近く滞在してしまいました。
この、ずっとここにいたかのようなベンチ、好き。






この時期の果物ってなんでもおいしいよねー。






お墓参りにも行きました。
ここにはきっとトトロがいる。
私の妹は幼い頃、みんなにメイちゃんそっくりと言われていました。



今年の夏はなんだかとてもいいです。凪いでゆきます。
なんというか、いい意味でシンプルになってゆけるようななり始めているようなそんな感じです。






にゃあ。


2011年8月9日火曜日

また歩き始める。夏。

またご無沙汰になってしまいましたね。
8月です。
1年前のあの頃は・・・となんだか思い出してしまう日々です。
あの頃はよかったなんてあたしには言えないし、言いたくもないし、つまり今の自分が史上最高と言える自分でいたいのです。
1年前のあたしには想像もつかぬセカイにあたしは今在るなぁと思うのですが、よくよく考えるとあたしはたいていそうなのでした。
大丈夫、ちゃんと呼吸できてるよ、案外、愛されてるよ、強くはないけどね、凪いでゆくよ、優しくなれるよ、大丈夫。






知らないおばちゃんがあたしたち姉妹のことを「べっぴんさんやなぁ。せやけど心までべっぴんさんや。そんなんは顔に出るさけな。」と言ってくれて、こみあげてくるものを必死でこらえた。
妹はたしかに心から優しく美しい娘であるけれど、あたしに関してはお世辞やろと卑屈に捉えようとしてみた。
でも、おばちゃんの目があまりにも柔和でキラキラしてて疑えなかった。

「仲良うしてな、笑って生きたらえぇねんで。」
おばちゃん、愛想悪くてごめんなさい。
表情を保つことで必死だったわ。
どこの筋肉を緩めても溢れてしまいそうだったから。








この曲、あたしっぽいんだって。
ひりひりしたよ。
打たれてしまった。









こんな素敵な曲であたしのことをおもいだしてくれるなんて幸せね。

2011年7月26日火曜日

かもがわカフェ。

今日は京都にて肉体労働。
親戚の家からお店で使うものを運びました。
yeah、肉体労働、yeah。
それにしても私がやる気を出すと雨が降る。
京都が晴れていてくれたことが救い。


一服しようと入ったかもがわカフェ。





ここからは鴨川は見えないけれどかもがわカフェ。





本棚のあるカフェ。










マンゴーラッシー





レモン風味のベイクドチーズケーキ





フレンチトースト





私の大好きな写真集があった。
藤代冥砂さんが愛する奥様を撮った『もう、家に帰ろう』
あたたかくて優しくて凪いでゆく。
感じる生命力。ふたりの間に流れる時間。相手を想う。
ふたりの関係。夫婦という一言でもそこにはそれぞれの関係があるでしょう。

もう何度もこの写真集は見たけれど、もしひとりで見ていたらなんだか今日は涙を流してしまいそうだった。
あたしもこんな、写真集を作るのだ。


2階にあるカフェの下には雑貨屋さんと




古本屋さん





雑貨をいくつかと古本もいくつか購入。
村上春樹、川上弘美、サガン、ビリージョエルの歌詞集、ピーターラビットの絵本などなど・・・







並んだチャリんこかわいいね。
5年のブランクで乗れるかわからないけれど乗りたいな。
あなたが片手で押して、ちょっとフラフラしながら手をつないでくれるだけでもいい。

2011年7月17日日曜日

そろそろ。

お店がやっと形になってまいりました。
近所の方たちが通りすがりに何度も覗いてくれます。
「ここなにしてくれますのん?」
カフェだというと、喜んでくれる。
蓋開けてみたらみんななんて言うだろう。
不安もいっぱいですがきっと素敵な空間になると思っています。


広告・HPは大学で出会った友人に依頼し、デザインしてもらっています。
私の無茶ぶりをそれを上回る姿で見せてくれる。
こちらの完成も楽しみです。


久しぶりにいくつか作ってみたものをあげてみようと思います。






梅しらすおかゆ。





照り焼きチキンピザ。





紅茶パン。





パインアップルジュース。


メニューを考えるのは大変だけれど楽しいです。
料理はするのもしてもらうのもうれしいです。
料理が好きな人は食べるのも好き。
食事の時間を楽しめることはとても大事なことだと思うのです。
食べられればなんとかなる。







お店を覗きに来たわんこ。
「うち、まだなんやわ」って言ったら「また来させてもらうわ」ってさ。






もうちょい待っててな♪

2011年7月8日金曜日

胸騒ぎの空。




梅雨が明けたそうですね。
たしかに昨日のお天気から今日のお天気の変わり様はTHE梅雨明けって感じでした。
太陽アレルギーの私は本格的に太陽光線から逃げ惑う日々が始まります。



知らない電話番号からかかってきた電話。
3年前くらいだったかな。
くだらない話をしていつも照れたように笑う下の名前しか知らない男の子からだった。
年下だったはずだけれど正確な彼の年齢は知らない。言われた気もするけど忘れた。
車高どこまで下げるねんってくらい下げてお尻痛いわけわからん車に乗ってた。免許持ってたんやろか。
東京にいるんやろーって言うたら京都やでー言われた。
でももう帰ってきたって。
生きとったんやなってお互い笑った



夕方。カーテンを締めようと二階にあがったら窓に映る空に息を飲む。
思わずカメラを手に外へ飛び出した。
隣の家の人に「この空撮りたくなるのわかるわぁ」と言われた。







なんだろうこのざわざわ胸騒ぎ。
追いかけて追いかけてもう何年も何年も入っていなかった公園のジャングルジムにまでのぼってしまった。
ジャングルジムは思っていたよりも低くて、木もお家も越えるために登ったのに全然足りなかった。
この公園であたしは何して遊んでたんだっけ。
4歳くらいの頃砂場で母と遊んでいたら向こうの方から雨が追いかけて来てダッシュで帰ったけれどずぶ濡れでそのままお風呂場に駆け込んだことしか思い出せなかった。

2011年7月3日日曜日

愚痴受け付けます。







数年前、親友と占いに行った。
何を根拠に見てもらったのかはもう忘れたが、そのときの占い師に「あなたは芸能リポーターになるといい」と言われた。
考えたこともない職業だったので驚き、理由を聞いたら「あなたにはなんでも話しちゃうから。話せないことも話しちゃうから。あなたは根掘り葉掘り聞くつもりなんてなくても、話されちゃうのよ。」と言われた。だからスクープを聞きだすことができるということだ。
そのときは「へぇ」と思っていたけれど、なるほどたしかに私は聞いてもいないことをカミングアウトされることが多い。
特別親しくなくても(もう二度と会わないと思っているからこそ話せる話というものもあるが)、そんな秘密、私なんかに話してくれてありがとうとむしろ感謝したくなるような話を聞かせてくれたりする。



「愚痴受け付けます。」という看板でも首から提げようかと思うほど、私はさまざまな人から毎日と言っていいほど愚痴られている。
直接、電話、メール、ツールはいろいろだが、愚痴を聞かない日はない。
そんな日々がまた戻ってきた。
それを受け付けられるほどの余裕を持たない日々を私は脱したのだと思う。


負の感情はどこにいくのだろう。
どこかで食い止めないとどこまでもどこまでも伝達されていってしまう気がする。
私は愚痴り下手だ。
弱音を吐くこと、人に相談することがヘタクソだ。
すべて笑い話にして話せるようになるまでその話はしない。
渦中にいるときはひとりになってしまう。
音信不通になって心配をかけてしまったことは何度あったことだろうか。
もうそれを理解してくれてそっとしておいてくれる友人たちには感謝している。
最近やっと「お願い事」はできるようになったが。
だからもう、私は負の感情の最後の受け口にいっそなりたいと思うのだ。


的確なアドバイスなどできない。
私はどれだけあがいても私ひとりの人生しか生きることができない。
人の人生を生きられないということに嫉妬すら感じる。
だからせめて、その人のその人生のそこに立って考えてみる、ということをしたいと思う。
そういうことが好きなのだ。別に私は優しくなんかないし、どちらかというと冷酷だ。


私がふんふんと聞いているだけで、みるみる相手が元気になってくる。
それを見るのが好きなのだ。こんな私でも役に立ったのかと思えるから。
別に私じゃなくてもよかったのかもしれない。そうだとしてもかまわない。
そんなことたいしたことじゃない。


あっ、いいのよ、喜びの報告をしてくれても。
だけど、たしかに私は弱っている人の話を聞くことの方が性に合っているかもしれない。