私は病院が苦手だ。
自然治癒力を過剰に信じている。
そもそも大病を患ったことも大怪我をしたこともない。
亡き祖父が医者だったことも病院離れに大きく影響しているだろう。
内科・小児科医だった祖父がたいていの薬は処方してくれたのだから、わざわざ病院に行かずに済んできた。
祖父の専門外である症状に気付いたとき、二週間は悩む。
二週間も悩めば、ほぼ自然治癒力が解決してくれる。
しかし、壊滅寸前になっていることもある。
そして、「どうしてもっと早く来なかったの」といつもの台詞を聞く羽目になる。
しかし、眼科と皮膚科だけは真面目に通っている。
かかりつけもある。
眼科は、ど近眼のコンタクト愛用者であるのだからもうこれは必要不可欠。
めんたま無しではひきこもりにさらに拍車がかかってしまう。
皮膚科は、各種アレルギーによる肌の弱さから慢性的にできる湿疹のための薬をもらっておく必要がある。
突発的に起こる死にたくなるほどのひどい湿疹ができた際は病院嫌いとは思えぬほどのすばやさで駆け込む。
私の好きな太宰治の短編に『皮膚と心』という作品がある。
その一節に私は友達と同じような議論をし、そして同じ結論を出したことを思い出す。
以下引用。
痛さと、くすぐったさと、痒さと、三つのうちで、どれが一ばん苦しいか。
そんな論題が出て、私は断然、痒さが最もおそろしいと主張いたしました。
だって、そうでしょう?
痛さも、くすぐったさも、おのずから知覚の限度があると思います。
ぶたれて、切られて、または、くすぐられても、その苦しさが極限に達したとき、人は、きっと気を失うにちがいない。
気を失ったら夢幻境です。昇天でございます。苦しさから、きれいにのがれる事ができるのです。
死んだって、かまわないじゃないですか。
けれども痒さは、波のうねりのようで、もりあがっては崩れ、もりあがっては崩れ、果しなく鈍く
本当にこれほどうまく私の理不尽を表現してくれた文章はない。
頭が痛い、お腹が痛いで保健室に行ったり、体育を休むことはできるけれども、猛烈な背中の痒みによって早退した人は聞いたことがない。
そもそもお家に帰ったり横になったところでおさまるものでもないのだから当然であるのだが、今よりずっとひどい湿疹に悩む小学生の私はなんだか腑に落ちない思いを抱えていた。
痒みのほうがずっとずっとつらいのに、痛さほど重要視してもらえない。
頭が痛くても彼女の皮膚はつるつるじゃないか、私はこんな醜い赤いブツブツが節々にある。
私は醜い。だから同じようにブツブツした表面のものを見ると寒気がするのだろう。
太宰はどうしてこんなにまで乙女の気持ちまでわかるのであろうかと思うが、心待ちにしていたデートの日の朝、鏡に映る自分の顔面にできた赤いできものに女はどれほどの絶望感を抱くか男は知っているのであろうか。
今日の予定を白紙に戻す方法を本気で考え始める乙女の気持ちを男は知っているのであろうか。
1週間前に今日のため心躍らせ買ったワンピースなぞこの醜い生き物が着ると思うと本当に体調が悪くなってくることを知っているのであろうか。
女性の美肌へのこだわりは少々狂気じみたところがある。
そういうものをわかってやることが男の優しさかもしれぬなぁ。
『皮膚と心』のあの人のように。
そうして今日は桜桃忌。太宰の日。
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返信削除文章うまくてすごいです!
返信削除乙女心についても勉強させていただきました!
私ももっと勉強して女子力の高い男子になりたいです!
タイトルを見て、なんと傲慢なとムカついたのですが、読み進んで、なるほどと納得、見事な表現力です。
返信削除実は、おれもじんましんがたま~に出るんです。昨晩も出てしまって、ちょっと寝不足だったんです。だから、書かれている感覚は、わかります。
しかし、デートの日の絶望感ということにまでは、想いが至りませんでしたし、そういう優しさは持ち合わせていませんでした。心に刻んでおきます。
太宰治はあまり読んでませんし、桜桃忌という言葉も知りませんでした。生まれた日とこの日が一緒なんですね。三鷹に住んでいたころ、墓には行ったことがあります。
機会があったら、読んでみます。机にはかなり積まれてますけど。。。。
>Biocerveauさんへ
返信削除お返事遅くなってごめんなさい。
毎日暑いですけど元気ですよ。
Biocerveauさんは強いですね。
私はダメです。今でも自分の納得するルックスじゃないと元気が出ない。帰りたくなっちゃう。
私は薬使わないようにする勇気はないのですが、最低限に抑えようとはしています。
>きのこさんへ
返信削除ありがとうございます。
そうですね。乙女心がわかる人とショッピングに行くのは楽しいです。おかまちゃんと行くみたいで♪
>PC_OTAさんへ
返信削除女性の美肌に対する敏感さはなかなかのものです。
スキンケア用品のCMがテレビも雑誌もあれほどにぎわせていますから。
三鷹に住まれたことがあるとはうらやましい!!
住んでみたい場所です。
太宰治はだれしもが読んでおかなきゃいけないというタイプの作家ではないと思います。
ただわかってくれる人がいるというのはとても心強い気持ちになります。
そのわかってくれる人に太宰は大いになり得る可能性を持ち合わせた作家だと思います。
私はそれで救われた。響かない人には響かないでしょうけれどね。