2012年3月16日金曜日

髪を伸ばすのはもうやめた。






髪を伸ばすのはもうやめた。
今年は切ろうと思う。ざくざく切ろうと思う。そんな気分。
もうふたつ先のスタイルまで決めた。ぼんやり決意。

後ろ髪の長さはそのまま。
こっそりアシンメトリー。
頭が軽い。
しゃしゃっと首を振ったら短い毛がはらはらと落ちた。


本当は何にだってなれるし、どこにだって行ける。
捨てられないだけ。怯えてるだけ。
誰かのたいしたことじゃないことに私は締めつけられたり縛られたりしている。
越えられない壁はある。壁づたいに歩くことをもう知っている。


心を平たくする方法だって知っている。
瞳から光をなくす。
そしてこっそり自分を破壊する。
飛び散った破片は掃いて捨てたっていいし集めて灯を灯す燃料にしたっていい。


溶け込んだかのように演じてもけして馴れ合わない慣れ合わない。
この違和感はなくならないし、なくなったときは自身を疑うべきだ。


どうでもいいことに煩わされることはどうしたってあるけれど私は今日もどうでもよくないことに全力でぶつかる。出し惜しみしない愛情をここに。

2012年3月13日火曜日

丸くなって眠る私が作るドーナツの穴に猫は潜り込んだ。











3月は出会いと別れの季節やっていう春のなかでも別れの期分な感じ。

ずっと長かった髪を生まれて初めてショートカットにして出た待ち焦がれていた卒業式とか。
新横浜から名古屋まで汗のような涙が止まらなかった新幹線とか。

なんかそんなんがほわーっと頭に浮かぶ。
まだまだストーブもコートもしまえへんし雪なんかもちらつく日々の合間のミルクティーのようなあたたかい陽射し。
嬉しくて兎柄のぺらんぺらんのワンピース着たわ。
その日の夜には寄席に行った。
生落語初体験。舞台は銭湯で。銭湯初体験。
めちゃめちゃ笑ってしもた。
そもそもゲラやし、どうも突拍子もないとこで笑いがちのようやし、でもそんなん憚らんでよかったし、うわ、なんやこれ、おもろい気持ちいい。空間がもうね、よかった。ただ足はめちゃめちゃ痺れた。
常々思うことやけれど、食べれてたらな、笑えれてたらな、なんとかなるねん。
体と心は繋がっているようで、なんやかんやで如実に表れてきていたこの体のそこここで、これはなかなか弱っているなと思うていたのだけれど、あの人やこの人やあれやこれやで私は勝手に生命力にしているから。
無理矢理でもなんでも今日も口角を上げる上がる。









太陽アレルギーやけど陽だまりは好き。
私が心底愛した男の人たちはみぃんなひなたのにおいがした。

2012年3月2日金曜日

ひな祭り前夜に徒然なるままに。




生きてきた年数、年齢という数字、に囚われることは好きじゃないけれど、意識はしてしまうもので、なんとなくこの年齢で死ぬ、という漠然とした未来を越えて生きてしまっている現実、相次ぐ現在、現在、現在、止まらぬ余生感に生温かいため息。それでも私はぬめぬめと生き、たしかに在る青白かったりオレンジだったりする灯を煽ぐ。抱きしめたい、と思い、抱きしめられるものは抱きしめ、抱きしめられぬものはせめてと吸い込んだり、ほぉっと「幸せだ」とつぶやいてみたりする。


私はまだ母親という役割を担ったことがなく、自分に母性本能というものが著しく欠落しているのではないかと思うほどにそれを望んだこともない。
ほしいとかほしくないとかそういうものではないと思うのだよ、懐妊する、それを含め母親という役割を担うということは。なんとなくなんとなくだけれど。


ひな祭りという日。
母と呼ばれたことのない私は、私の母という存在の娘という役割をうまく担えてこなかったことに苦しくなる。事実は、記憶は、消えないし消すつもりもないからそれはこれからも。
ひとりの人間が、女が、社会と契約して生きてゆくにはさまざまな役割を演ずることが必要とされ、私はめいっぱい八方美人に生きてきたし、これからもそうするだろうと思うのだけれど、どこかの誰かが喜ぶ時、どこかの誰かは泣くことはどうしようもないことなのかと途方に暮れる。でもそういうものなのだろうと。だからこそ幾度も幾度も選択を繰り返し生きてゆくのものなのだろうと。



お店にはお雛様がいっぱい。





母のお雛さま。
何十年ぶりかに日の目を見ました。




伊賀くみひものお雛様。




鮮やか。

あたしに視力がある限り、いや視力がなくなってもかもしれない、なくなったことがないけれど目を瞑ったことはある、体力、気分、欲望の満たされ具合、昨日見た映画、今流れている音楽その他あらゆるもので形成された日々変化するあたしのフィルターを通してこのセカイを眺める。見つめる。

それだけじゃつまらないから、あたし、そういうところは貪欲だから、あなたが見ているセカイ、頭の中で考えているそれこれを体現できたらと思うのよ。利用してくれればと思うのよ。

誰かの衝動になれることはすごくすごく幸福なことだと思うのよ。