2011年3月18日金曜日

生きし生かされるもの。





お墓参りに行ってきました。
お彼岸です。


死後の世界というものにたいして私は特に何も信じているものがない。
信じている神もいない。



魂が肉体を離れる。それが死。
魂は死後もそこに在る。

よく聞く説だが、そう信じると救われる人もいるのだろう。




私にとっては自分の視線を受けとめてくれていた目が、自分の手を握ってくれていた手がなくなる。
それが記録の死。
誰かの心に残っていたその目のその手の思い出がなくなる。というか忘れる。
すべての人から忘れられる。
それは完全な死。

そんなふうに思う。



命と命が出会い、つなぎつながれ、受動体(I was born.)で生まれた、誕生させられたこの命。
私は毎日ほど生きててすいません。と思っている。


おばあちゃんはこんな私を「宝物やねん」と言ってくれた。
涙が出た。花粉症のせいにしたけど。



死には勝てない。
だから、最後の最後まで取っておきの切り札は取っておく。

2 件のコメント:

  1. おれは、死後の世界とか魂とか霊とか信じていないし、神も信じていない。だから、黙祷もしないし、初詣もしない。
    でも、墓参りはしてるし、祈りたいと思うときはある。何のためかと自分でもよく分からない。
    信じてないと思いつつ、どこかで神はいるのかもしれないという矛盾した思いがあるのかもしれない。

    最後の最後って、自分で判断できるのか?判断できないはずだから、その切り札は、自分では使えないよ、永遠に取っておかなきゃ。うまく言えないけど、そうでしょ?胃がキュンとなったぜ、ドキっとさないでくれよ!

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  2. 死後の世界は生きている間には正解がわからないから、考え方は千差万別ですよね。
    祈ることで自分の気持ちを整理というか納得させようとしているのかもしれませんね。
    私もそうです。


    私、死に対しての恐怖がほんとないんです。
    大切な人たちが死ぬのはほんと悲しいし怖いのに。
    死ぬほどの痛みとか苦しみとかは怖いけど、死そのものに対してほんとに怖いと思えない。
    だから自分が怖くて。
    だから簡単にもういいやって思わないようにしようと言い聞かせてるんです。

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